新しい憲法 明るい生活

 1946(昭和21)年12月1日、「新憲法の精神を普及徹底し、これを国民生活の実際に浸透するよう啓発運動を行うこと」を目的として憲法普及会が設立され、憲法公布後1年間にわたり、利用可能なメディアのほとんどすべてを動員した活動が展開された。設立の背景には、日本政府が自ら普及活動を行うことが対外的に重要と考えたGHQの強力な指導があったといわれる。 同会は設立後、直ちに普及活動に着手し、まず活動の中核を担う公務員の養成を目的に、翌年2月15日から4日間、東京大学の安田講堂で特別講習会を開催したが、その時の講義録が『新憲法講話』である。『新憲法講話』が、普及活動を行う人を養成する際の教科書という性格が強かったのに対し、『新しい憲法明るい生活』は、直接国民への普及を図るために刊行され、全国の各家庭に配布された。『事業概要報告書』によると、『新憲法講話』は5万部、『新しい憲法明るい生活』は2,000万部発行された。

国立国会図書館HPより

新しい憲法 明るい生活

新しい日本のために――発刊のことば

古い日本は影をひそめて、新しい日本が誕生した。生れかわつた日本には新しい国の歩み方と明るい幸福な生活の標準とがなくてはならない。これを定めたものが新憲法である。
日本国民がお互いに人格を尊重すること。民主主義を正しく実行すること。平和を愛する精神をもつて世界の諸国と交りをあつくすること。
新憲法にもられたこれらのことは、すべて新日本の生きる道であり、また人間として生きがいのある生活をいとなむための根本精神でもある。まことに新憲法は、日本人の進むべき大道をさし示したものであつて、われわれの日常生活の指針であり、日本国民の理想と抱負とをおりこんだ立派な法典である。
わが国が生れかわつてよい国となるには、ぜひとも新憲法がわれわれの血となり、肉となるように、その精神をいかしてゆかなければならない。実行がともなわない憲法は死んだ文章にすぎないのである。
新憲法が大たん率直に「われわれはもう戦争をしない」と宣言したことは、人類の高い理想をいいあらわしたものであつて、平和世界の建設こそ日本が再生する唯一の途である。今後われわれは平和の旗をかかげて、民主主義のいしずえの上に、文化の香り高い祖国を築きあげてゆかなければならない。
新憲法の施行に際し、本会がこの冊子を刊行したのもこの主旨からである。
昭和二十二年五月三日 憲法普及会会長 芦田 均

新憲法の特色
私たちの生活はどうなる

◇生れかわる日本

昭和二十二年(一九四七年)五月三日――それは私たち日本国民が永久に忘れてはならない新日本の誕生日である。私たちが久しい間待ち望んでいた新憲法が、この日を期して実施されるのである。
新憲法が私たちに与えてくれた最も大きな贈りものは民主主義である。民主主義政治ということを一口に説明すれば「国民による、国民のための、国民の政治」ということである。民主的な憲法のもとでは国民が政治をうごかす力を持ち、政府も、役人も、私たちによつてかえることができる。多数のものが望むこと、多数のものがよいときめて法律で定めたこと、これを実行してゆくのが民主主義である。
私たちは民主主義を口にする前に、まずすべてのものごとをよく知り、正しい判断を持つように心がけなければならない。特にわが国では今まで政治は一部の人人が思うままに動かしていたため、一般国民は政治について教えられることが少く、自分の意見をのべることも窮屈であつた。また自分の考えをまとめるだけの勉強も足りなかつた。だから私たちは新憲法の実施をよい機会として政治のことを熱心に学ぶ必要がある。なぜならばこれからは政治の責任はすべて私たちみんながおうことになつたからである。
新憲法はわが国に長い間続いてきた古い因襲を大幅に改めることになつた。家族制度も大きくかわつた。女の地位も男と同等となつた。憲法に附属する民法その他の法律によつてこまかい点は数えきれないほどかわつてくる。このように法律だけが新しくなつても、かんじんの頭の切りかえができなくては何の役にも立たない。
新憲法と共に新しく生れかわる日本――私たちも今こそ生れかわつた気持で、この新しい時代に生きぬいてゆこう。

◇明るく平和な国へ

私たちの日本を明るく平和な住みよい国にすること――これが新憲法の目的である。新憲法の前文にはこの目的が力強くのべてある。
旧憲法では国の政治の最高の権限は天皇がお持ちになつていた。そのため一部の軍人や重臣などが天皇の名をかりて、わがまま勝手にふるまい、悪い政治を行うすきが多かつた。
新憲法では国の政治を行う大もとの力は国民全体にあることが明かにされた。従つて国の政治は何よりもまず国民全体が幸福な生活ができるように行われなければならない。決して特別な地位にある人や、一部の少数の人人のために行われるのではないことが、はつきりと示されたのである。

◇私たちの天皇

天皇は神様の子孫であるからというような神話をもととして、天皇の地位や権限をこの上なく重んじていたのが今日までのゆき方であつた。
新憲法では天皇は日本の国の象徴であり、国民結び合いの象徴であるということが示されてある(第一条)。これは私たち国民全体の天皇にたいする共通の気持をそのままあらわしたものである。
象徴というのは一つの「めじるし」であつて、これによつて国そのもの、または国民結び合いの実際の姿がありありとわかることをいうのである。富士山をみれば美しい日本の国が、また桜をみればなごやかな日本の春がわかるというのが、そのおよその意味である。
新憲法では天皇は従来とは違つて国のいろいろの政治に当られないこととなり、政治の責任はすべて内閣、国会、最高裁判所がおうことになつた。政治以外の国家的な行事についても、天皇の当られる国事は非常にすくなくなつた。(第三条―第七条)
このように天皇についての憲法の定めがかわつたので、わが国の国柄まですつかりかわつてしまつたように思う人もある。たしかに政治をうごかす力は私たち国民のものであるということがはつきりと示されたし、形の上では、ずい分かわつた。しかし私たちの天皇にたいする尊敬と信頼の気持による結びつき、天皇を中心として私たち国民が一つに結び合つているという昔からの国柄は少しもかわらないのであるから国体はかわらないといえるのである。

◇もう戦争はしない

私たち日本国民はもう二度と再び戦争をしないと誓つた。(第九条)
これは新憲法の最も大きな特色であつて、これほどはつきり平和主義を明かにした憲法は世界にもその例がない。
私たちは戦争のない、ほんとうに平和な世界をつくりたい。このために私たちは陸海空軍などの軍備をふりすてて、全くはだか身となつて平和を守ることを世界に向つて約束したのである。わが国の歴史をふりかえつてみると、いままでの日本は武力によつて国家の運命をのばそうという誤つた道にふみ迷つてゐた。殊に近年は政治の実権を握つていた者たちが、この目的を達するために国民生活を犠牲にして軍備を大きくし、ついに太平洋戦争のような無謀な戦いをいどんだ。その結果は世界の平和と文化を破壊するのみであつた。しかし太平洋戦争の敗戦は私たちを正しい道へ案内してくれる機会となつたのである。
新憲法ですべての軍備を自らふりすてた日本は今後「もう戦争をしない」と誓うばかりではたりない。進んで芸術や科学や平和産業などによつて、文化国家として世界の一等国になるように努めなければならない。それが私たち国民の持つ大きな義務であり、心からの希望である。
世界のすべての国民は平和を愛し、二度と戦争の起らぬことを望んでいる。私たちは世界にさきがけて「戦争をしない」という大きな理想をかかげ、これを忠実に実行するとともに「戦争のない世界」をつくり上げるために、あらゆる努力を捧げよう。これこそ新日本の理想であり、私たちの誓いでなければならない。

◇人はみんな平等だ

人はだれでもみんな生れながらに「人としての尊さ」をもつている。この尊さをおかされないことが人として最も大切な権利であろう。新憲法は何よりさきに、まずこの権利を与えてくれる。(第十一条)
そして私たちの生命や自由を守り、幸福な生活ができるように、政治の上でもいろいろと考えてくれるように約束されている。新憲法はこの考えをもととして十分な自由と権利とを与えてくれたのである。(第十三条)
軍閥が政治を行つた時代には「国家のために」とか「国民全体のために」とかいう名目によつて、私たちは、一部の政治権力を握る人人のために、働かされたり、権利をふみにじられたこともしばしばあつた。これからは私たちは自分の権利を守ることができるというばかりでなく、国の政治は国民みんなの自由と幸福を何よりも大切に考えて行われることになつた。
またすべての国民は法律上は全く平等であつて、あの人は家柄がいいから私たちよりえらいとか、女は男より卑しいものだとか、そんな差別は一切ゆるされないこととなつた。華族制度も廃止されて国民はみな平等の時代となつたのである。(第十四条)

◇義務と責任が大切

私たちは新憲法によつて、ずいぶん多くの自由や権利を与えられたが、一生懸命努力して、これを大切に守つてゆく義務がある。自由といつても他人の迷惑も考えずに勝手気ままにふるまうことではない。権利だからといつて無暗やたらにこれをふり廻してはならない。私たちは自分の自由や権利を、いつでもできるだけ多くの人人のしあわせに役立つように使うことが大切である。(第十二条)
もしも各人がこの心がけを持たないで、民主主義をはき違え自分勝手なことばかりしていたなら世の中は今までよりも一そう住みにくいものになつてしまうだろう。私たちは権利や自由が常に義務と責任とを伴うことを忘れてはならない。

◇自由のよろこび

「自由」とはいつたい何であろうか。一口にいえば、自分の良心に従つて生きることである。長い間私たちには、その自由さえも制限されていた。私たちは何とかしてもつと自由がほしいと願つていた。いまその願いが果されたのである。
私たちはどんな考えを持つてもよい(第十九条)。神道でも、キリスト教でも、仏教でも、その他どんな宗教を信じてもよい。政府が私たちにたいして特別の宗教教育を行い、この宗教を信じなければいけないなどといいつけることは許されなくなつた。(第二十条)
私たちは、どんな会合をやつても、どんな団体をつくつても自由である。演説をしたり、新聞や雑誌を出したりすることも自由になつた。どんな職業をえらんでもいいし、学問の自由もまた認められた。
これらはいづれも新憲法が私たちに与えてくれた贈りものである。(第二十一条―第二十三条)

◇女も男と同権

わが国では、とかく女は男より一段と低いものとして扱われがちであつた。人としての尊さは、女も男と何のかわりもない。
これまで結婚の場合など、自分がいやだと思つても親の意見に従わなければならぬことがあつた。しかし新憲法では、結婚は男女双方の気持があつた場合だけに行われるので、自分の心に合わない結婚をさせられることのないように定めてある。
また夫婦は同等の権利を持ち、財産のことや相続のことについても、今までのように男だけを重く扱い女を軽んずるということのないようになつた(第二十四条)。戸主や父親だけが特別に一家の中心となつていたわが国のむかしからの「家」の制度もかわつて、お互いの人格を尊び男女の平等を主眼として家庭を営むように改められた。
このように男と女は全く平等になり、いままでのような家族制度にしばられることはなくなつた。そのかわりこれからの男女は結婚や夫婦生活に対して全く自分で責任をおう必要がある。
とくに日本の女は、いままで親や親族のいうままになることに慣れていたから、この大切な判断をする力にかけたところがある。新憲法で高められた女の地位を生かすためには、日本の女はさらに一層その見識を深めるように努力しなければならない。

◇健康で明るい生活

世間を見わたすと不幸な人は沢山ある。乞食、浮浪者、ゆき倒れの病人など、こういう気の毒な人人が戦争後はいよいよ多くなつてきた。
新憲法ではすべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営むことを認めており、国は気の毒な人人を助け、国民一人残らず人間らしい生活のできるように努めなければならないと定めてある。(第二十五条)
また国民はすべて働く権利と義務があり、働きたい人に職を与えることも国の仕事の一つとなつた。また児童に無理な働きをさせてはならない。(第二十七条)
働く人々が団結して組合をつくり、会社や工場の雇主に対して働く時間のことや賃金のことなどをかけ合うこともはじめて認められた権利である。(第二十八条)

◇役人は公僕である

憲法に定めがあつたにもかかわらず、実際には最近まで警察や検事局が国民を手続なしに捕えて幾日も留置場へ入れておいたり、むごい方法で取調べを行い、むりやりに自白させたりすることも少くなかつた。
新憲法ではすべてこうした不法なひどいことを固く禁じた。また罪を犯した者も必ず速かに公平な公開の裁判を受けられるようになつた。もし間違つて罪人の扱いを受けた場合は国に対しての損害の賠償も求めることが出来るようになつた。(第三十一条―第四十条)
これからは悪いことをしない限り、いたずらに警察や検事局をこわがる必要はなくなつた。そればかりかこれからの役人は国民の生活を守つてくれる私たちの「公僕」となつた。

◇国会は私たちの代表

わが国の政治のしくみは国会と内閣と裁判所の三つに分けられている。国会は国の予算をきめたり、法律をつくつたり、内閣はこの法律によつて政治を行い、裁判所はこの法律を正しく解釈してそれを実行するのである。
従つて国の最高の権力を握つているものは国会であつて、これがただ一つの立法機関である(第四十一条)。その国会の議員をえらぶのは、私たち国民であるから、私たちは、とりもなおさず国の政治の一番の大もとである。
国会は衆議院と参議院の二つから成りたつている。衆議院の組織はこれまでと大差ないが、参議院はこれまでの貴族院が、皇族、華族および一部の特権階級の人人からできていたのとちがつて、衆議院と同じように、やはり私たちが選挙によつて選んだ議員で組織することになつた。(第四十二条―第六十四条)
国の政治に必要な費用をどう使うかということも国会できめる。
また新しい税金をとることや税金の種類をかえることも国会が法律としてきめなければやれない。(第八十三条―第八十六条)
このように国会議員の任務は、この上もなく重いものであるから私たちはほんとうに信頼のできる立派な人物をえらばなければならない。そして国の政治をになうものは結局は国民自身であることを私たちは深く考えなければならないのである。

◇総理大臣も私たちが選ぶ

国の政治の責任をになうものは内閣である。その内閣の長は総理大臣である。総理大臣は国会議員の中から国会が指名してきめるのである。つまり総理大臣も私たちが選ぶことになるわけだ。(第六十七条)
その他の国務大臣は総理大臣が任命し、その半数以上は国会議員でなければならない。(第六十八条)
このようにしてできた内閣は国会に対して責任をおうのであるが、一切の行政は内閣によつて行われるものである。

◇裁判所は憲法の番人

新憲法では司法権は裁判所で行うものと定めた。最高裁判所はこれまでと違つて憲法にそむくような法律は、これを無効とすることができる。
このように裁判所の地位は新憲法によつて著しく高く重要なものとなつたが、それと同時に国民と国会との力でこれを監視することができるようになつた。例えば最高裁判所の裁判官は内閣が任命するものであるけれども、これには私たち国民がよろしいと認めることが必要である。またもしも裁判官が不適任であれば、国会によつてその裁判官をやめさせることもできる。(第七十九条)

◇知事も私たちが選挙

民主主義の政治はただ中央の政治ばかりでなく、私たちの生活にとつて最も身近かな都道府県や市町村の行政から行われなければならない。
これまでの憲法では地方行政のことについては何の定めもなかつた。そして政府が都道府県の知事を任命し、政府のきめた中央の方針を地方に押しつけ、地方の実際の状態に合つた政治が行われることは少かつた。
そこで新憲法では都道府県や市町村の政治は、その土地に住む人人が自分たちの責任で自分たちの選んだ代表者により行うことにきめられた。
つまり東京都や北海道の長官、各府県の知事は、これからは私たちが選挙してきめることとなり、市長村長もまた私たちが直接に選挙するのである。(第九十二条、第九十三条)
こうして地方の政治も完全に私たちの手で行われることとなつた。この地方自治こそ民主政治のもとである。

◇私たちのおさめる日本

このように新憲法は新しい日本の骨組を定め、また私たちや私たちの子孫に対して大切な権利を約束してくれた。この新憲法はわが国の最高の定めであつて、他の法律や命令などもすべてこの定めにもとずくものである。
もとより前にのべたように国会や内閣や裁判所などがあつて、それぞれの仕事を分担しているけれども、わが国の政治の一番大もとの力は私たち国民の手にあるのである。
日本をよい国にし、私たちの生活を明るくするためには、何よりも私たち国民の一人一人が、この憲法を正しく守つてゆく心がけが大切である。
私たちは新憲法の実施を迎え、新日本の誕生を心から祝うとともに、この新憲法をつらぬいている民主政治と、国際平和の輝かしい精神を守りぬくために、全力をつくすことを誓おうではないか。(完)

日本国憲法